AImedentomologie’s diary

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大学入学から修士号・博士号取得までにかかった学費と受けとった奨学金まとめ

奨学金関連のニュースが話題になっているのもあり、自分が学士・修士・博士と過ごす間に払った学費と、受け取った奨学金等をまとめてみた。

 

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1. 出費

私は国立大学なので授業料は表のとおり。ただし、修士二年次からは独立生計者(親等からの援助を受けていない者)として認定され、大学による授業料免除プログラム(半額または全額)が適用となっている。

このほかに、入学金が学部1年次に必要となった。修士・博士は内部進学をしたので入学金は不要だったと記憶している。(修士課程に入る時に親から「入学金が必要じゃろ?」という感じで援助してもらった記憶もあるが、結局進学祝いということにしてそのまま私の懐に入ったような記憶が。)

受験料(検定料)はセンター試験と二次試験合わせて17,000円だったはず。修士に進学するときの大学院入試では30000円かかったと思う。

これらを合計すると10年間(学部4年間+修士2年間+博士4年間)で約406万円を支払った。

 

2. 奨学金等収入

一方で、奨学金などの収入もあった。

ここでは返還義務のある貸与型のものは奨学金に含めず、給付型のものだけを記載した。ただし、日本学生支援機構(JASSO)の第1種奨学金は貸与型であるものの、一定の割合で返還免除制度があり、私は半額または全額返還免除の適用となった。そのため、その免除額に相当する金額については奨学金収入額に含めた(表の備考欄を参照)。

結論から言うと、様々な制度を組み合わせて、10年間で約1156万円の奨学金収入があった。授業料などを差し引くと、手元におよそ750万円が残った計算になるが、その金額で家賃や生活費などを賄ったので、振り返ってみると「極貧では無いが大して貯金もできない生活」だった。ただ、奨学金がなかったらアルバイトをしていただろう時間を勉学・研究に充てることができたのは本当に大きかった。

 

3. 色々と振り返って

学部生の時は全て実家から援助してもらっていたこともあり、奨学金には特に応募しなかったが、探せば色々あったのかもしれないと後悔している。自分でお金を払っていなかったので、あまり奨学金制度について熱心ではなかった。

学部3年から一人暮らしをしていたが、この時は家賃以外の生活費は自分のアルバイトで賄っていたので、今までの人生で最大に貧しかった頃だった。当然だが服は買えなかったし、なにより食費がきつかった。貯金が全くなかったというわけではなかったのだが、終わりの見えない学生生活で貯金を切り崩す精神的な余裕はなく、お腹が空いたらチョコレートを食べて空腹をしのいでいたのを覚えている。あと、冬は大変寒かった。たまに実家に帰った時に、久しぶりにフルーツを食べたなと感じた記憶がある。

 

修士1年の時に日本学生支援機構の第1種奨学金(貸与型)を月額88,000円受給した。これは返還義務があるが、最終的に半額返還免除となったので、月額44,000円の奨学金収入が入ったことになる。アルバイト収入とこの奨学金収入で、家賃以外の生活費と授業料をなんとか賄えるようになってきた時代。

 

修士2年の時にリーティング大学院プログラムに採用されたので、月額80,000円が支給されることになった。だがこの結果「家賃自分で払えよ」っていうことになったので、結構苦しい生活ではあった。授業料は半額免除になったが、大学の非常勤講師などに精を出していた。

 

博士課程に入ると日本学術振興会の特別研究員に採用されたので、月額20万円が支給されるようになった。ただ、薬剤師免許をとるために博士4年の時に薬学専攻へと移った時、ちょうど特別研究員の採用期間が終わったので、色々と金策に走ったのを覚えている。たくさんの教員の方が本当に親身になって面倒を見てくださった。結局、研究科のリサーチアシスタントや、海外のラボに滞在して研究を行う制度、日本学生支援機構(JASSO)の返還免除プログラムなどを総動員し、さらに授業料の全額免除を申請することによって、難局を乗り越えることができた。

 

4. まとめ

 

「アメリカの大学院生は給料をもらっているのに、日本の大学院生はタダ働き」という意見を(某イッターなどで)よく目にするが、必ずしもそうではない。大学院はかなり奨学金制度が充実している。もちろん学振研究員などは全員が採用されるわけではないが、それを言うならアメリカの大学院も全員が採用されるわけではない。むしろ、研究科や指導教員が給料を支払うため、採用や中途評価に関しては日本よりも厳しいのでは無いかと思う。途中でドロップアウトする割合も少なくはない。

 

日本の話に戻るが、大学院に比べて学部では奨学金制度が少ない。(これは私があまり調べなかったのが理由かもしれない。)学部でも、日本学生支援機構の奨学金制度があるが、返還免除の認定を受けるためには様々な努力や工夫が必要かもしれない。大学院生のように論文業績や学会発表があるケースは多く無いと思うので、一般的には履修科目の成績(GPA)によって評価されるのかもしれない。講義の成績は、出席点などが加味されるケースが多いので、アルバイトなどで授業に出られない学生は不利になる。理系であれば、早めに研究室に潜り込んで、小さな論文をひとつ書いてしまうのが手っ取り早いのかもしれない。返還免除の評価軸は色々あるので、アピールの方法は工夫次第でいくらでもある。

 

学生の状況はひとりひとり違うので、ひとくくりにすることはできない。ここに示したのはあくまで一例だが、何かの参考になればと思って記すことにした。

言いたかったことは、現在の国立大学の授業料水準は「学生がギリギリ自活できる(かもしれない)ギリギリの水準である」ということだ。私は幸いにして実家から援助してもらえたが、もし学部4年間を自活していたら博士課程には進学しなかったかもしれない。今思うと、学部生の時に24時間体制で勉学と研究に打ち込めたのは、実家からの援助のおかげである。自分は学部2年生の秋から、講義のあと研究室に潜り込んで(もちろん教員に許可をとっていました)心ゆくまで実験をしていたけれども、毎晩アルバイトをしていたら、そのような経験はできなかったかもしれない。

だけれども、もし経済的な理由でもって大学院への進学を諦めようとしている人がいたならば、ぜひ上の例を参考にしてもらえればと思う。大していい生活もできないが、工夫次第で経済的負担をなるべく抑えることはできる。就職していった同期たちが車を買ったり家を買ったりするので若干焦るかもしれないが。

カナダ永住権申請まとめ

科学者としてカナダで働くにあたり、カナダで永住権の申請をしました。手続きはシンプルかつスピーディーで、さすがは移民の国という気がしました。永住権を持っていれば、就職に関しては市民権を持っている人(つまり「カナダ人」)と同等に扱われますし、カナダ国内のグラント等への応募資格も得ることができます。

 

今回は、Express Entryという仕組みを使って以下のように永住権の申請をしました。

 

2017年08月上旬   Express Entry でプロフィール登録

2017年08月22日   Invitation to Applyをもらう

2017年11月22日   必要書類を集めてオンライン提出

2017年12月12日   パスポートのコピーと写真の提出を求められる

2017年12月13日   上記を郵送(到着:12月18日)

2017年12月30日   Final Decision (Approved)の連絡を受ける

2018年01月10日   Confirmation of Permanent Residency (CoPR)が自宅に届く

2018年01月11日   ランディング手続きを進めるためにIRCCに電話

2018年01月22日   IRCCから面接予定日が告げられる(2月7日)

2018年02月07日   ハリファックスのオフィスでランディング面接 手続き終了

2018年03月23日   PRカードが自宅に郵送で到着 これで本当にすべて終了

 

11月に書類を送ってから、1ヶ月ちょっとの時間で永住権の申請が承認されました。

カナダのExpress EntryではComprehensive Ranking Systemによって申請者に点数をつけ、点数の高い人から処理されるようです。おそらく職種ごとに処理されているのだと思いますが、私は生命科学者 (Biological Scientist)として登録しました。学位はPhD, 英語力はIELTSの点数を提出しました。また、日本では大学院生の間、研究者として3年間フルタイムの給料をもらっていたので、それを職歴として提出しました (Express Entryでは、当該職種でのフルタイムの経験が国内外問わず必要になります)。また、現在はカナダ国内でポスドクとして仕事をしていますので「カナダ国内ですでに働いている」という項目にチェックをいれました。

 

Express Entry で作ったプロフィールのスコア詳細は以下の通りです。私はFederal Skilled Workerとして応募しました。下記にも記されているように、Provincial Nominee Program (州から推薦されるプログラム)やCanadian Experience Class, Federal Skilled Trades と呼ばれる様々な移民プログラムがあります。

私の場合の総合スコアは462点で、内訳は年齢100点、学歴140点、語学力122点、さらに博士号+英語力で50点加算、日本での職歴で50点加算、という形でした。カナダでの就労経験は1年以上あると点数が加算されますが、私の場合は1年に満たないので残念ながら0点でした。

Express Entryの足切りラインは2017年は400~450点くらいの間で推移していたので、私の場合はこれ以上点数を増やす努力はしませんでしたが、他にもフランス語のテストでフランス語力を証明したり、配偶者がいる場合には配偶者の学歴や職歴を証明することで点数を増やすことができます。

 

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私の印象になりますが、研究者(大抵はPhDを学位として持っていて、さらに大抵は英語を普段使っているので英語力はまあまあある)にとっては決して高いハードルではないように思います。むしろ、カナダにくるメリットがあるのか(研究環境や給料、生活面など)の方が研究者の方々には重要で、ハードルが低いから来るひとが増えるというわけでもなさそうですね。特に日本のような(施設的・資金的には)恵まれた研究環境で研究ができている場合には、あまりメリットはないのかもしれません。

 

手続きの話に戻りますが、Invitation to Applyをもらってからは、日本の犯罪歴証明書(警察証明)を手に入れるために、日本の家族に戸籍謄本をとってもらい、それをカナダに郵送してもらったのちに、その戸籍謄本を持ってモントリオールの日本総領事館に言って指紋採取などを行う、という手順を踏みました。警察証明が手元にとどくまでに2ヶ月強かかりました。本申請の期限ギリギリに近くの病院に健康診断をお願いしたら「もっと余裕持ってやれよ」と言いながらも、親切に対応してくれました。健康診断は自腹で、1人350ドルほどかかりました。また、永住権の申請費用として、カナダ政府に1人1000ドルほど支払う必要があります。モントリオールへの旅費などを合わせると、結局1人2000ドル弱がかかります。高価な買い物かもしれません。あとは、現在の仕事の状況を証明するために研究室のボスに一筆書いてもらったりしました。

 

職歴や学歴はComprehensive Ranking System の点数を稼ぐ手っ取り早い方法なのですが、英語力が一定以上でないと職歴と学歴の加算ポイントが半分になってしまう、というハードルがあります。テストに慣れてない人は少し対策した方が安心かもしれません。

 

atmiyashita.hatenablog.com

 

11月にapplyしてから1ヶ月あまり経過したところで、your application has been approvedの連絡が。CoPR(まだサインしてないので有効化されてはいない)が送られてきてから、同封されていた指示にしたがってIRCCに電話。それからおよそ10日後にハリファックスのオフィスからメールでランディング手続きの日を告げられました。

 

ランディングの面接は10~15分ほどで、犯罪や入国拒否の履歴がないこと、他に申告すべき家族はいるか、といったことの再確認をされました。また、PRカードが送られてくる(60日以内)までの間にカナダの外に出たり、引越しをしたりする予定があるかどうかを確認されました。あとはCoPRにサインして、写真2枚を担当官に渡して終了。意外とあっけない手続きでした。このランディングの日から正式にカナダ永住者となります。

 

ランディングからおよそ6週間後に、PRカード(メイプルリーフカードとも呼ばれている?)がカナダの自宅に郵送されてきました。これにて全ての手続きが完了です。

 

次の就活を始める2018年の夏くらいまでに・・・と思っていましたが、案外早く終わりました。研究者にとってカナダという場所がどれほど魅力的かはわかりませんが、何かの参考になればと思い、記しておくことにしました。